2015
05.23

仮定法過去

小商いラボ

仕事を始めてあれよあれよと言う間に15年の月日が流れた。
13年を新卒の会社で、2年をその会社との死闘で過ごし転職した。
転職先の会社でその後2ヶ月を過ごしたが前職の会社からの嫌がらせにあい、あえなくまた転職となってしまった。
なかなか波乱万丈な仕事人生だなと最近人生を振り返ってみた。友人に話したりするとそんな事本当にあるんですか?とよく聞かれるが事実だ。こんな事を考えても何も意味はないのだが仕事がこうした事情だったと言うこともあり、もし〜だったらどうなっていただろうか?と仮定法過去的な思いにしばらく捉われていた。そんな時、私が所属する小商いメディアラボ古屋所長のメルマガのこの文章がとても気になった。
2)「もし~だったら」という仮定法過去との付き合いかた
批評家の東浩紀の小説『クォンタム・ファミリーズ』(2009)の主人公は、
村上春樹の「プール・サイド」を読み、こう考えます。(小説の中で小説を
読むというスタイルです)
▼『クォンタム・ファミリーズ』より―――――――――――――――――
ぼくは考えた。ひとの生は、なしとげたこと、これからなしとげられるであ
ろうことだけではなく、決してなしとげなかったが、しかしなしとげられる
《かもしれなかった》ことにも満たされている。
生きるとは、なしとげられるはずのことの一部をなしとげたことに変え、残
りをすべてなしとげられる《かもしれなかった》ことに押し込める、そんな
作業の連続だ。
ある職業を選べば別の職業は選べないし、あるひとと結婚すれば別のひとと
は結婚できない。直説法過去と直説法未来の総和は確実に減少し、仮定法過
去の総和がその分増えていく。
そして、その両者のバランスは、おそらくは35歳あたりで逆転するのだ。そ
の閾値を超えると、ひとは過去の記憶や未来の夢よりも、むしろ仮定法の亡霊に悩まされるようになる。
35歳を超え今まさに仮定法の亡霊に悩まされていた。仕事もこうした状況だし。
その仮定法の亡霊の内容は、大きい組織ではなくコンパクトな組織で働いていた場合どうなっていただろうかという思いであり、例えば、設計的な仕事に重点的に取り組める組織などで腕を磨くことはできなかっただろうかといった類のものだ。
しかし、建築のような成熟産業にあって人気のある設計の分野は目もくらむような険しさであり、競合がたくさんいて生活費も高い東京で本当に頑張りきれただろうかとも思った。
設計の仕事はスーパーハードワークで休みも全くなく薄給だ。実家住まいでなければきちんとした生活もできないだろう。多分普通の会社員をうらやましく思ってしまっていただろうと思った。自分の才能と相談してそんなに勝てなそうならそもそも面白くない、そしてコネもない。
webデザインなどの分野に転身していればもしかすると可能性もあったかもしれないが、視野が狭かった20代の頃の自分には想像ができない世界だったし親や周りから安定した大きい会社に入るよう刷り込みをされていたような気がする。
田舎で生まれ育った自分にはwebの世界など未知で情報もあまりなかった。そういう意味で先端の人が集まる東京生まれの人はそれだけで羨ましいしいし、センスある人の感性はすごいと思う。
一週間程悩んで鬱まったが自分の中の結論は、会社員として自分の階層からできるすべての可能性を検証した結果、今なんだろうなと思う。
この答えがでてなんだかすっきりした。本当すっきりした。
会社員として会社の成長に貢献していくことができるのならうまく機能する歯車となって働いていくことも悪くはないかと思ったが終身雇用の会社でホワイトカラーワークが減る中では無理だったようだ。時代の変化の方が早すぎた。
自由に働くことが険しすぎる建築の分野から少し離れ、今後は自分の興味のある技能を突き詰めていく方に向かいたい。
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