2015
08.29

センス入門(松浦弥太郎さん)

読書

東京からのっぴきならない事情がありやむなく茨城に移住しもうすぐ2ヶ月が経過しようとしている。正直バタバタだった。前職と同じ建築業にはどうしても携わる気になれず以前から興味があった農業に職を得た。真夏の暑さで体力が奪われ1ヶ月ほどは家と仕事をただ往復するだけだったがようやく少しずつ余裕が出てくるようになった。

断捨離

今まで持っていたものを捨てないと新しいことは入ってこないとよく言われる。この数年で私が捨てたものは、安定した大企業サラリーマン 職、会社から与えられた枠の中での折り合いのつけ方ではないかと思う。
逆に入ってきたものは、そもそも自分本来の姿であった、センスを磨き表現し豊かにゆっくりと生活の質を高めていく毎日を送ることだったような気がする。
仕事をしながらでもそうした毎日を送ることは可能ではないかと問われるかもしれないが、新卒の会社での社員教育、決められた枠というのは強固なのだ。それは経験者にしかわかならいだろう。どこか宗教的と揶揄されてもおかしくはない。ある種洗脳に近い。
あらためて、大企業のサラリーマンは自分にはまったく合わないと思った。

松浦弥太郎さん

余裕が出てきたので、慌ただしいビジネス書だけでなくスローないい文章に触れたくなってきた。松浦弥太郎さんの本を読み返すと、せわしない毎日にバタバタせずに身の回りのことをきちんと整え、掃除も心がけねばと思ってくる。
センス入門から一部引用する。
  • 自分に許されているスペースを超えない
どのような場面でも、自分がすべきこととすべきではないことを瞬時に的確に判断できることは、とても本質的なことだと思います。
けれどもそういうことは、はっきりそれとわかることではないので、自分の肌感でつかんだり、察したりするしかなくて、要するに非常に感覚的なことなのです。だからこそ、何かを感じるアンテナというものを敏感にしておかないといけないのですが、センスがいい人たちは、誰にとっても心地よいという感覚を察することにとても長けています。
  • 身ぎれいに、気持ちよく、清潔に
ざっくばらんに言ってしまえば、今まで冴えなかった人が、すぐにセンスのいい人に変身するというのは、なかなかむつかしい。センスとは、それまでに身につけてきた自分の価値観や美意識を礎にしてにじみ出てくるものですから、どこかから持ってきて、今までの自分にパッチワークするのもおかしな話です。けれども、「あっ、センスがいいな」と思うことは、清潔に保たれていることだったり、きちんとしていることだったりすることが多いのです。
  • 日雇いのバイトで学んだ人生の教訓
僕は高校を中退したときに、生きていくために日払いのバイトをしなくてはなりませんでした。
ここでは病気で具合が悪そうな人は誰も使いません。元気でハツラツとしている者が選ばれるのです。選ばれるだけではありません。こういう仕事のなかでも、いい仕事がもらえてわけです。
(中略)
だから、いちばんいい仕事に選ばれるためには、まずほがらかでなければいけないし、元気ではきはきしていなければいけないし、どんな重たい荷物でも持てますよ、どんな使い走りでも走りますよ、というやる気のアピールをしないといけなかったのです。その時の経験が今の自分のなかの、一つの指針になっています。
(中略)
このときの選ばれる努力というのが、自分にとって他では得難いいい勉強になったのだろうと思います。
著者は高校を中退して日雇いのバイト後アメリカに渡って古書の魅力を知り帰国後、書店経営、暮しの手帖の編集長をされていた。これだけのセンス、どうやったら磨いていけるのか気になって仕方がないところだ。
とりあえず、私はコツコツと農業の仕事をしながらも、定期的に机に紙を広げてペンとともに自分の内面に向き合う時間を確保していくことにしたい。こんな感じで年を取っていけたら理想なんだけどな。
そして、本日は地元はつくば市のパーティーに繰り出します。

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