2014
11.14

問題意識とわがままの違いから考えたこと

考えや気づき

世の中には強い問題意識を持ち非常に高い成果を上げ続ける人と、自己中心的にわがままを言い続ける人がいます。

双方とも自己の欲求にしたがって動いているわけですが、大きな違いは自分の持つ尺度(重要度)の違いによると思います。

前者は、正しいことは何かに問いを持つことに対し後者は、自分の満たされない感情を充足させることを最も重要視しています。

マズローの欲求5段階説で言えば、存在欲求なのか欠乏欲求なのかなのだと思います。

 

岡田斗司夫さんや曽野綾子さんは、《世の中の本質は中間》にある。と言っています。

世の中は常に曖昧で白や黒で判断できるものではなく、成熟した人程それを理解している。(いやもっといい事言ってたけど忘れた。)そこに色気が生まれなぜかそうした人はいい香りがすると。

深い。。。evernoteしまくってます。

まさに、そのとおりだと思います。

何が正しいかを問うためには良質な学びと経験が必要ですが、感情を充足させるためには自己満足だけでいいのだと思います。

感情を充足させるとは要は、

・面白いか面白くないか。

・偉いか偉くないか。

のようなポイントだと思います。

言わば動物的な感性です。わがままが過ぎる人を見ると、しつけのなってないペットと大差ありません。

私は人間的に全然出来ていないので、ついイラっとしてしまいます。お父さんとお母さんに言えよと。

 

しかし、強い問題意識を持つために良質な学びと経験が必要なら、会社で出世し続けられる人は全体の10%です。そこには学歴やらも当然関係してきますから、大企業で活躍し続けられる人はそもそも生まれや育ちが違う人で宝くじのような確率になってきます。(最初から活躍し続けられる企業家ももちろんそうですが。)

また、出来上がった社会のシステムを簡単に変えることはできませんから、いろいろな場に軸足を持ち変化に柔軟に備えることがやはり重要なのだと思いました。

 

そうすると、会社である一定の仕事のレベルに達した会社員に必要なのは、会社以外での上手なアウトプットの仕方なのでしょうね〜。などと思いました。

 

 

 

 

 

 

 

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