2015
01.05

栄光に向かって走るあの列車は可変型

会社組織について

格差によって抑圧された欲求ってすごくストレスになると思いませんか?

前職は官僚的な組織であったため、社内に士農工商のごとき階層と格差が存在しいつもそんなことを思っていました。本当に窮屈だと。

そうした状況から溜まったストレスは必ず下の階層へと発散されます。「弱いもの達がさらに弱いものを叩く」ブルーハーツは社会の真理を歌っていますよね。

こうした格差によって抑圧された欲求って暴走族が生まれる構図とよく似ていると思います。「いびつな絆 関東連合の真実」を読みそんなことを思いました。

 

著者がなぜ不良になり、暴走族に入ったのか。のくだりから引用します。

いびつな絆 関東連合の真実より、

  • 学校の授業からドロップアウトするような頭の悪い奴はほんとどいなかった。どちらかというとスポーツ、勉強はできる子供の方が多かった。
  • 杉並区と世田谷区、他の地域に比べれば比較的、教育熱心な家庭や裕福な家庭も多い。そのため学業格差というか、私立中学校への進学を目指す「お受験組」と「そうでない者たち組」の線引きがかなり早い時期からはっきりとしてくる。中学受験をする者たちは、小学校中学年の頃からほとんどが塾に通い始め、受験勉強のため放課後に通う者と、そうでないグループがごく自然に生まれてくる。遊ぶ仲間も自然と受験勉強をしない子供たちだけとなった。
  • 都会の遊び場は限られており、小学校高学年から中学生ともなれば、親御さんの躾でゲームセンターで遊べない子と、遊べる子に分かれはじめる。

(中略)

  • 対戦相手を探しているうちに、自然とそこにたむろする年上の不良少年たちと知り合い、学校の友達よりも彼らと遊ぶ機会が増えていったものだ。後に関東連合のメンバーとなる何人かとは、そうやって知り合っている。

 

「お受験組」「そうでない者たち組」との間で生まれる格差とストレスが、世田谷区と杉並区が最も色濃く出ているのだと思います。これは、富裕層と一般のサラリーマンとが混在する街では致し方ないのかもしれません。

一般のサラリーマン家庭で「お受験組」を目指さなかった場合、足を踏み外していく誘惑はかなりあるのでしょう。

 

こうした足を踏み外していく誘惑は、形はもう少々違えど、私の地元茨城の暴走族にも言えます。格差以外の問題で暴走族の数が増えた大きな理由の一つは、バブルで金回りが良くなったことが挙げられます。教養のない人間が金を持つとロクなことはありません。金と女は人生を狂わせるとはよく言ったものです。個人的にはバブルの後遺症と勝手に呼んでいます。

 

なんだか因果だなと思いました。

 

今後乗るべき「栄光に向かって走るあの列車」は、柔軟な可変型なのかもしれません。振り落とされないようご注意を。

 

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