2015
05.05

食えない大企業の論理

会社組織について

私が働いていた建築業界は、オリンピック特需、震災復興によって今は人手が足りない状況だが、成熟産業で衰退産業だ。
人手が足りない分野も激務で汗をかく仕事の現場作業員であったり現場監督が主だ。
以前のように建物がバンバン建つ時代ではないし、公共事業で箱物を作っても景気が良くなるわけがないことは誰しも分かるだろう。
今後必要になる建物メンテナンスについても、特別に特殊な技能が必要なわけでもなく、お金をかけたくなければ、メンテナンス要員の外注や工事費をできるだけ抑制すれば良い話であり、際限ないコスト競争になってしまうことはあきらかだ。
AIやLOTなどの新たな技術を活用したメンテナンス方法も今後生まれるとは思うが、そもそもがコストをかけたくないのであれば、技術の進歩はゆっくりとしているだろう。
効果が出やすい、空調設備や電気設備の制御については、とっくの昔にいろいろな会社がBASを開発済みだ。
このような建築業界の中の衰退期に入っている大企業子会社に15年勤めたのだが、社内での出世争い、少ないポジションを取り合う椅子取りゲームに巻き込まれ潰された。今思うことを簡単にまとめてみた。

組織の論理は冷たい

 

組織で働く以上は郷に入っては郷に従う発想が必ず求められる。
それは当たり前だし理解していたが思った以上に冷たいなと思った。大企業は安定していて休みが多く福利厚生も厚い。
人気があり就職希望者が集まるために社員の代わりはいくらでもいる。
そのため、取替えのきく部品であり消耗品扱いだ。仮に何か問題があった場合、必ず既得権益を守るよう動き末端で切ることが合理的なのだ。労力をかけずに組織を継続していくことが可能だ。
そこに感情の余地が入り込む隙はあまりない。不要な者を切って新しく取替えてしまえば何事もなかったように運営していくことができる。
人気があるならそれが可能だ。

組織の論理は複雑

 

会社のホームページでは綺麗な写真や言葉で新規事業の説明がされていたが入社してみると非常に複雑な組織の論理であることに気付いた。
私は高専卒末端だ。下から上を見上げることで組織の全体像を把握しやすかったのだと思う。
大学院卒の人と話してみると、話がよく噛み合わないことに気付いた。
末端の業務はそもそも自分たちの仕事ではないと切って捨て深く理解しようとしていないと感じた。
まあそれも無理もなかったのだと思う、大学院卒の中には社内の上澄み業務だけしか携わらない人も多い。
見下した仕事の仕方を覚えるのにそう時間はかからないだろう。
複雑な組織の論理の原因を個人的に洞察すると、既存業務、新規事業との間で求められるマネジメントが全く逆であることではないかと思っている。
もともとお上に近い会社であり既存業務では先生のように振舞っているマネージャーがたくさんいた。
一方新規事業では、新しい仕事に取り組んでいるためマネージャーもベテランではない。
そこではチームを機能させ、個人の能力をいかに最大限発揮させれるかが求められる。優秀なコーチのようなマネージャーが求められた。
両者は相反するマネジメントであり到底馴染まなかった。
そのマネジメントや手広い仕事の仕方が、部署や人単位での考えの違いを生んでいて、その差はとても同じ会社とは思えない程だった。
頭の硬い人材が集まる部署は盲目的であり問題が大きくなる傾向にあった。
先生のマネジメントでは半沢直樹のような「部下の手柄は上司のもの、上司のミスは部下の責任」が通ってしまうからだ。
問題が問題なのでは何も解決せず必ず部下の責任になってしまう。

今後も

その都度、思うことをまたまとめてみたい。こうしたことは思いが強くなかなかまとめられない。
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