2015
05.06

人が多い会社での違和感

会社組織について

会社を選ぶ時に世間一般で言われている大企業に入れば安泰の考え方に一切疑問を持たず就職した。
たしかに待遇や休みの面で言えば小さい会社よりも全然恵まれているそれは当然だ。しかし、大きく硬い会社特有の上下の社内ヒエラルキーが自分の性格にはまったく合わなかった。
昔であれば、会社が社員全員を丸抱えして育てていく時代もあっただろうが、成熟産業では今はそれだけの業務量も質もなく、少ないパイを奪い合う共食いのような状態になってしまっている。
今後、学校の先生や50代以上の根拠のない話に惑わさる人が少なくなるよう経験をもとに簡単にまとめてみたい。これからは、会社が何をやっているかではなく、会社の歴史会社として何を本当大切にしているかを考える必要があるだろう。

前提

成熟した硬い大企業についての私見だ。従来から取り組んでいた業務に加えて新規事業にも取り組んでいた。

社内ヒエラルキー

既存業務と新規事業は馴染まず部署単位で濃淡がはっきりと分かれていた。
そうした会社でははっきりとしたヒエラルキーが現れ、また問題が起きれば問題があったことが問題となりそもそもなかったことになるよう組織的に動く傾向がある。
そうした会社の末端側は上から押さえつけられ必要以上に考えずにただ稼げと言われるているに等しかった。日の当たらないところで歩くことも許されずに餌を与えられてただひたすら卵を産み続けることを要求されている養鶏場のようだと思った。それがオタク的に興味あることを突き詰めていきたい自分には合わなかった。それがいやでいやでしかたなかった。自分は平飼いの鶏になりたかったからだ。そして、定期的なジョブローテーションによって牙を抜かれて感覚が麻痺していった。そして、飼われている危機感がなくなっていった。
こうした硬い会社が新しい仕事に取り組んだ場合、誰しもその仕事がやりたいため濃縮された負の部分が下に溜まる。そもそもまじめにがんばっても結果がでない部署や仕事がいくつも存在していたが、それを客観的に理解できる人は少なかった。なぜなら、そうした仕事を自分とは関係ないと切ってすて理解しようとしないマネージャーが何人も存在したからだ。硬い会社には硬い人材が当然集まっていて、そうした場にストレスが溜まった場合、論理は非常にシンプルになる。偉いか偉くないか、言えるか言えないか、ただそれだけなのだ。
また、そうした中で求められる仕事のしかたは、必然的に公務員的な仕事のやり方だった。上司の枠に納まり他よりも目立ちすぎず可愛く他と呼吸を合わせた部品としての仕事が求められる。

変化できないこと

ダーウィンの種の起源「生き残ることのできる生物の種族は最も優れた生態能力を持った種族ではなく環境の変化に対応できる種族である」ではないが、大きく安定していて仕事のしくみが出来上がっているということは変化するのが難しいということだ。問題があることが問題なため波風を立てず上司の顔色を伺うことに誰しもが慣れていた。

まず最初に自分の気持ちに上手に蓋をすることを覚える必要がある

成熟した硬い会社は性格的に合う合わないがはっきりしている。オタクな人はまず合わないだろう。そもそもカチコチに固まってうまくいかない会社のしくみの中で、人のマネジメントをするなどストレス以外の何物でもない。今の世の中では、先生や年上の人、まわりのみんなが言っていたからではなく自分の足で歩きトライアンドエラーを繰り返しながら変化していくことが求められるだろう。一つの会社に囚われていることは個人的にはリスクだと思った。無理合わせてがんばっても無理なものは無理だし合わないということを理解する必要がある。東京の大企業が単純に美味しい商売だった時代は昔の話だ。
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